2011年10月7日金曜日

文学的ナンパの教科書 『誘惑論・実践篇』



『誘惑論・実践篇』大浦 康介著

僕はこの本をどう紹介すればいいのかと悩んでいる。

ナンパ、ミルトン・エリクソンの催眠療法、身体的な技法、文学というキーワードで構成された、ナンパの本で、著者はフランス文学者。
それは自分がずっと考え続けてきたものだから、書かれてあることを読んで嬉しくもあり、悔しくもあった。

勿論、文学的な知識などに関して言えば、研究者の方が書かれているから僕なんかが知っていることよりも断然色々なことが書かれてあって勉強になった。

ナンパにおけるメンタリティに関しては、もう教科書と言ってもいい。
その辺のコミュニケーションのテクニックが書かれてある本を読むくらいなら、この本を読んだ方が余程ためになる。

本当は皆分かっている。
その辺のカウンセリングや催眠やナンパ、接客のテクニックを知っていたってどうにもならない。
今やそんなものは誰でも知っているし、それを駆使しようとしてくる人の不愉快さを味わったことは殆どの人があると思う。

必要なのは、見知らぬ他人をナンパするというのはどういうことなのか、それについてじっくり考えること。
自分自身にとってどういう意味があるのか、そしてナンパされる人にとってどういう意味があるのか。
それがきっとその人の人間性そのものになる。
ただし、コミュニケーションは身体技法だから、考えているだけでは上手くはいかないことも事実。

自分がしていることは何なのかを考えることなしにいくらたくさん声をかけたって、声かけに慣れただけの頭のねじが外れただけのナンパ師にしかなれない。
寂しい女性なら、そういうナンパ師の奇妙さに目を瞑ってついて行くかもしれないけど、日常的な場において、その人が魅力を放つとは思い難い。

こうした身体技法と知性が上手く重なったときの美しさ…読んでいると、そういうものを想像させてくれる。

この本の中では、ナンパは誘惑、ナンパ師は誘惑者と呼ばれている。
凄腕の誘惑者であるダンス教師へのインタビューという形で進んでいく。

最後にその誘惑者が読者に語る。

「口説き文句を用意するな」と言っておきましょう。これは内田樹という人の話を聞きながら思ったことなんですが、すぐれた話し手というのは、いつでもどこでも<いま・ここ>を引き受け、それまでの知識の蓄積や思想的こだわりをいったん捨てて、新たな相貌をもって立ちあらわれる世界に対峙し、その場で対決します。いわば裸で、丸腰で対決するんですね。というのも、世界はそのつど新しい世界であるからです。用意された言葉やレトリックは、この不断に更新される世界を前にしては無力です。少なくともそこで人心を動かすことはできません。ただこれは「待ったなし」の対応ですから、それなりに場数を踏んでいないとうまくできません。失敗を恐れるとかならず失敗するし、逆に疑念を抱かなければいいというわけでもない。けっして簡単ではないんですね。でも自分を信頼することです。ふるいにかけられた知識や技法はかならず回帰して援軍となってくれます。だから肩の力を抜いて、世界を抱擁するような気持ちで、真正面から、「驚くこころ」をもって世界と向き合ってほしいですね。

これが全てだと思う。
そこまで至るための考え方、思い方が文学、心理療法、武道などをテーマにしながら語られていく。

ナンパや対人関係に興味のある方にはオススメです。

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